Mode Gakuen Coccon Tower モード学園コクーンタワー
中山 勝貴 / 設計部 設計統括
見たこともない建物を、というオーダーへの回答。
求められたのは、今までにない建物。
「モード学園コクーンタワー」のプロジェクトはオープンなコンペティションだった。国内外から100を超える人やチームが参加し、150以上の案がプレゼンされたという。TANGE建築都市設計では丹下憲孝を中心に中山たちが取り組んだ。そしてTANGE建築都市設計の案が採用された。中山は言う。「モード学園の学長はとても情熱のある方で、学校は夢を育む所だから、空間も夢のあるもの、見たことがない建物が欲しいと熱く語るのです。当時、私は大学院を出て3年目。そこから5年。プランニングから施工、規制や予算などさまざまな課題を乗り越える日々でしたが、最後まで完走できたのは丹下憲孝のリーダーシップと学長の熱意があったからに他なりません」
校舎を縦に積み上げるという発想。
学校という建物を設計するにあたり、TANGE建築都市設計が大切に考えていることがあると中山は教えてくれる。「学校なので授業は大切であることはもちろんですが、それ以上に大切なのは休憩時間や放課後の時間というのが私たちの考えです。キャンパスでディスカッションや雑談、先生に相談したり、恋愛があったり、何かが起こることが大切で、だから学生も学校に来る意味がある。しかし高層建築の場合、ひとつ上や下の階では何が起こっているかわかりません。でも学校はどこの教室にも自由に行けることと、何が起こっているかわかることが大切です。昔の小中学校は大抵3階建てでした。だから今回は高層ビルなのだけど、内部は3階建ての校舎を積み上げる設計にしています」
都市環境への貢献のために、
東京都と協議を重ねる。
学校とは学び舎であると同時に、キャンパスライフを謳歌する場所でもある。しかしそこで立ちはだかるのが広さの問題。都心の場合、そう広い敷地を望むことはできない。高さでカバーするしかないと中山は説明する。「とはいえ建物の容積は敷地の1,000%です。しかし教室はたくさん欲しい。キャンパス空間も欲しい。そうなると上へ伸ばしていくしかありません。容積も敷地の1,300、1,500%と増やしたくなる。高さを稼ぐためには、規制を緩和してもらう必要があります。私たちは東京都へ赴き、容積率の緩和を願い出ました。新宿の地下街とつながることや、卵のような低層ホールを学生以外の東京都民にも貸し出すこと、コージェネレーションシステムを採用することなど、社会貢献や環境にも配慮した建物であり、さらに学生という若いエネルギーが集まることによる街の活性化など、今一度都市のあり方、街のあり方を提案しました。役所へは何度も通いました。それで最終的に1,370%の特区認定をいただき、容積率、及び高さを確保することができたのです」
外から見れば楕円の繭。
内は3つの建物がつながっている。
さて、この建物の名称にもなっているコクーンとは繭という英語。繭がデザインのコンセプトにもなっているのだが、繭にはこんな想いが託されていると中山は教えてくれる。「繭はこれから活動を開始しようという生き物を包み込んで保護している状態です。学生はこれから社会へ飛び出す前の人、ならば『これから創造の世界へ飛び出す若者の学び舎』は、まさしく繭ではないか、つまり学校そのものが繭ではないかと考えたのです。そんな想いからデザインされたのが『モード学園コクーンタワー』。外観は繭をイメージしたデザインとなっています。しかしその中は、実は3つのタワーを内包しているのです。それら3つのタワーはファッション、医療、コンピュータという3つの学校のアイデンティティとして表現しており、それらのタワーに学校の主用途となる教室や実習室を配置しています。3つのタワーはそれぞれが独立するのではなく、タワー間を廊下でつなぎ、そのスペースにオープンなキャンパス空間を生み出す設計にしました。私たちは、このタワー間のスペースこそが学校建築にとって重要なスペースと考えたからです」
斬新さと機能性を、フォルムに。
建物のフォルムにも繭がイメージされている。「めざしたのは斬新で美しいけれど、構造的には安定性を兼ね備えているフォルムです。まず足元を絞りました。そうすることにより狭い敷地であっても緑を増やすことができます。一方、教室はたくさん必要なので真ん中は膨らませました。最上階までそのまま膨らんだ状態なら空と建物のシルエットが美しくないので、もう一度絞ったのです。安定性だけを求めると長方形の建築がいいのですが・・・。そのバランスはとても難しい。どのくらい絞るのがベストのバランスを生むのか、プログラム的にも、構造力学的にもさまざまな検討を重ねました。結果として今の形状になったのですが、竣工後に東日本大震災が発生しました。新宿界隈もかなり揺れました。ゆっくりした揺れでしたが、ゆっくりの揺れほど高層ビルはよく揺れるのです。しかし『モード学園コクーンタワー』はほとんど揺れませんでした。長周期地震に関してのシミュレーションもしっかり行っていたからです」と中山は言った。
限りある予算を
発想の転換で乗り越える。
建築とはある意味、予算との闘いと言える。「モード学園コクーンタワー」の場合も例外ではなかったと中山は打ち明ける。「デザインを実現させるのが実は大変でした。教室を例にとっても200以上あって、その半分以上が特殊教室。部屋のデザインはみんな違うのです。さらにこの建物の断面は楕円形です。各階の高さを同じにすると外装の長さがみんな違ってきます。各階オーダーサイズになると予算は膨大に膨れあがります。限りある予算で実現するためには、外装のサイズは同じにして、各階の高さを調整すればいいのではないかと発想を転換しました。階高を変えるのは内装の仕上げの違いだけなのでそう費用はかさみません。ですからこの建物は各階高さが微妙に違うのです。階段1段の高さも微妙に違います。とはいえそんな建物の施工は想像を絶する手間と苦労がともないます。何社もの建設会社に声をかけました。その中から情熱のある建設会社に出会うことができて、お願いしました。振り返ると想いの結晶がこの『モード学園コクーンタワー』と言えます。学長のどこにもない建物が欲しいという想い。都市の一部として機能する建物を造りたいという私たちの想い。そしてそれらをなんとかカタチにしようという建設会社や協力企業の想い。そんな人の熱い想いが、不可能と思えることも可能へと動かしていく。やはりこの『モード学園コクーンタワー』の場合も、すべての始まりに人の想いがあるのです」 その想いは都市のランドマークというカタチで結実。西新宿を代表する建物としてアーバンデザインの一部を担っている。
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